酒房 ひで 日本酒コラム・エッセイ

 

呑み助の酔夢

 

 そろそろ全国の蔵元では初呑み切りが行われ、秋の鑑評会に出品する酒の選定準備が始まります。春の新酒品評会では若すぎた酒も、熟成され味がのってきているでしょう。呑み助にとって、造りたての新酒の春と、ひやおろしが出回る秋は、楽しみな時期です。

 前回のリレーエッセイ執筆者から「柔らかい話を」とのことですので、まず小生の頭を柔らかくするため、お猪口を片手に進めさせて戴きます。

 昭和の終わり、会津地方の農村整備計画を担当していた頃、協力して戴いた地元若手メンバーの中に蔵元がおられ、初めて蔵を見せて戴きました。元々小生にはアルコール分解酵素が無いようで、中でも日本酒は苦手でしたが、そこで御馳走になったコクがありながらスッキリした後味のお酒は、小生が日本酒に目を向け始めたきっかけとなりました。また、日本酒を造るための専用の米があり、飯米に比べ、かなりの高値で売買されていることを知りました。

 「この酒造好適米(酒米)を農業活性化に使えないか?」という漠然とした考えが浮かびましたが、当時は日本酒についての勉強不足(飲量も不足)で具体的提案には至りませんでした。

 翌年の農業研究所の忘年会で、熱塩加納村の営農指導部長さんから、日本酒の差し入れがありました。これは、同村で取り組んでこられた有機無農薬米(さゆり米)を地元の蔵で仕込んだ純米酒でした(飯米でも杜氏の力量で美味しいお酒が出来ます)。まさしく現在、各地の蔵元が進めている「地元の米と水で醸した純米酒」を早くから具現化したものでした。

 元々酒米は、蔵元と農家(集落)の契約栽培的なもので、明治30年頃兵庫県美嚢郡や加東郡で始まった「村米制度」が起こりといわれます。蔵元と農家(当時の蔵元は庄屋を兼ねていたところも多く、庄屋と小作の関係だったのかもしれません)が、より優れた酒米の開発を続けてきました。その結果この地域は、今や酒米の最高峰といわれる山田錦の特A地域指定を受けており、この地域産米を入手する事は、非常に困難といわれています。

 営農指導部長さんのお酒でさらにイメージが膨らみ、農村活性化と日本酒が小生の頭の中でリンケージされました。

 その後は、文献・資料を折りにつれ調べ、一方、大義名分(?)もできたので、大いに「正しい日本酒」を「実践」してきました。

 多少肝機能を犠牲にしつつ「勉強」した結果、「米で造るから日本酒」と思い込んでいたのが、米だけで造っているのは「純米酒」といい、日本酒全体の1割もないことを知りました。細かい数字では、米だけが6%、多少混ぜものはあるものの比較的まともに造っているのが18%、残りの76%は「普通酒」と呼ばれるもので(平成7年度国税庁資料)、米はほとんど使わず、アルコール分は蒸留酒(醸造用アルコール:例えばサトウキビから砂糖精製する際に出る廃糖蜜という「産業廃棄物」を再発酵させて蒸留した93%程度のエチルアルコール液)で補い、足りない米の旨味を水飴や化学調味料で味付けしたものです。

 この「普通酒」は、太平洋戦争時代、米不足の苦肉の策として満州で開発された「三倍醸造」という方法を用いています。同じ技術屋としては、素晴らしい「技術」と敬服します。が、米余りの今では、「まがい物」ともいえる酒を「普通酒」と称すことは如何なものでしょうか。でも酒税法(酒造法はありません)では合法なのです(日本酒文化の最大の敵(大蔵省)への文句は、次の機会に)。

 もし酒税法が「米・米麹と水だけで造ったものしか「日本酒」と称してはならない」と変わったらどうなるのでしょう。当然ですが、お米が不足します。では、現在消費されている「普通酒」が全て「純米酒」になった場合、どれだけの水田が必要になるのでしょうか。大雑把に計算してみます(ぐい呑みでお代わり。調子に乗ってきました)。

 「普通酒」は1升瓶で年間約5億6千万本出荷されています。純米酒1本造るには白米で0.9kg必要といわれていますから、精米歩合を安全をみて65%とすると玄米では1.4kg必要となります。「普通酒」はこの約3分の1として、反当飯米で8俵収穫できるとすれば、約12haの水田が必要になります。これは今年の減反面積の8分の1に相当します。

 「普通酒」以外の日本酒も全て「純米酒」となれば、必要面積はさらに増えるわけですから、純米酒化は、日本の水田農業に大きく貢献できる!

……と、呑み助の夢はここまでです。

 いろいろ理由はありますが、まず嗜好品ですから、「純米酒」が苦手な方もおられる。特に年輩(失礼)の方々は慣れ親しんだ味が一番のはずなので、「普通酒」の需要はそう減らないでしょう。また蔵元にとっては、原材料費が嵩み小売価格も高くなりますから、価格を下げるため、やむなく外国産の米で仕込むようになるかもしれません。また大手メーカーは、海外工場で造る生産量をさらに増やし、今以上に逆輸入するといったように、国内産米の消費拡大には素直に繋がらないようです。

 小生の夢、「日本酒=純米酒→水田の維持」の道は険しそうです。が、きちんとした酒・米づくりに頑張っておられる蔵元さん、杜氏さん、農家の皆さんに感謝しつつ、次の手を考えるべく、コップであと一杯だけ……。

 ということで、頭ばかりか体まで柔らかくなりすぎましたので、一旦醒ましてから、またの機会に。

所属する農業研究会の会報用の原稿

1998年7月記

逃げろ