酒房 ひで  日本酒コラム・エッセイ

 

ごほうびは日本酒で!(第1話)

〔 お 米 編 〕

 

 出張時、濃 い緑の凛々しい姿となった稲が立ち並ぶ田んぼ。そんな光景を通りすぎていく車窓から眺めていてふと思い出した。

 雪が少なかったため今年は水不足かも、と心配されていた5月はじめ、我が家の近くの田んぼには植えたばかりの小さな苗が整然と綺麗にお行儀よく並んでいた。それは爽やかな空気とともに何か心を「ほっと」させてくれる光景でもある。

 僕の住む多摩地域にもまだまだ宅地造成を逃れた田んぼを見ることができる。その季節の田んぼをあぜ道からそっと中を覗いた途端、群がっていたオタマジャクシがサッと散らばる。良く見るとまだ尾が残っているカエルの赤んぼが苗の根元にしがみついている。そんな懐かしいというか、正しい日本の風景ともいうべき姿を見て、思わずニコニコ、心が和むものだ。
 そしてこの赤んぼ苗が大きくなり一人前になった頃には、秋風に漂う黄金色の稲穂が首を垂れ新米の季節を迎えるわけである。米一粒から生まれた今の小さな苗が育ち、300粒もの新しい米になるのだ。

 と りわけこの新米、炊き上がりを口に運んだ瞬間、何ともいえない清々しい香りが口中一杯に広がり、そしてふくよかな香りが鼻をとおりすぎていく。その瞬間がたまらなく至福の時を作ってくれる・・・・

 ごはんは美味い!長年食べて育ってきたから身体に染み付いているので当然なのだろうが、僕は一日一回ホカホカのご飯を口中一杯にしてグビグビ飲み込むようにかき込まないことにはどうにも元気が出ない。

 そして今、そんな先々の楽しい夢を膨らませてくれる苗が生き生きと育っていく、それは呑んべにとっても来年の新酒の元になる大事な大事な小さな苗なのだ。そもそもグビグビと飲み込むのはこちらのほうであるのだが・・・

  本来のお酒は、少々乱暴な表現ではあるが「グビグビ」と飲めてあたりまえ、そして飲み飽きしないことがとても大切である・・・と僕は思っている。昨今は、まじめな酒づくりにあらゆる角度で取り組んでいる蔵元が多いのは何よりであり、厳しい経営のなかで頭が下がる思いである。

 お酒の原料は言わずと知れたお米である。「酒づくりは、米づくり。米づくりは、土づくり。土づくりは、人づくり」といわれるように、お酒を醸すためには先ず米づくりが大事。飲み飽きしない酒造りを目指しそれを実践している酒蔵もある。

 大分県の浜嶋酒造では、蔵元自らがお酒の原料になるお米を育てており、その模様をホームページで日々報告している。おいしい酒造りを求めた結果が「まず米作り」となったのやもしれぬが、そのような真摯な感性を呼び起こしたのが「人づくり」の賜ものということなのだろう。

  「きちんとした手順で造られた日本酒」は、身体の内面・外面・精神面で様々なプラスの効果がある。呑むだけで美肌効果があることは女性ならずとも男社会の大相撲ではよくいわれている。呑むだけではなく、ほかほかとやさしく身体をあたためてくれる酒風呂もお薦めだ。そしておいしいお酒は人のこころを暖めてくれる・・・・「いいひと」達と呑めば楽しくそして素敵な時間ができることはいうまでもない。ちなみに僕にとって良いお酒とは、それに加え、多少呑み過ぎても二日酔いしないということなのだが・・・

 美 味しいご飯で元気になるように「美味しい日本酒」で元気になる。そもそも旨いお酒は存分にお米の味がする。お米は、日本人の心を含めたDNAを形成し、身体に合っているのだ。そのお米で造られた日本酒だから、僕らの身体に合わないはずが無かろう。

 好き嫌いはあろうが、稲に集まるイナゴの佃煮もいい肴になる・・・頷ける話だろう。そんな美味しい「日本酒」をこよなく愛しつづけることができるように、お米もおいしく丈夫に育ってもらいたいものだ。

 搭乗機は玄界灘上空を旋回し、まもなく福岡空港に着陸する。今日は以前の赴任先である博多に久々の出張である。焼酎文化と思われがちの九州にもおいしい日本酒がたくさんある。

 旧知の仲間と一緒に呑む旨い酒と粋な肴があれば、博多でなくとも楽しいことが保証されている。さて、誰に声を掛けようか・・・

−ひ で− 

今宵の隠れ家

地酒屋 ぼんちゃん

〒810-0003
福岡市中央区春吉3-25-2
ぼんちゃんビル1F
TEL. 092-716-3932

 福岡市の中洲の南西、春吉にある地酒専門居酒屋。

 日本酒好きには超有名なお店で敷居が高く思われますが、仲良しのご夫婦が切り盛りし、忙しいときは息子さんも手伝いに加わるので、お客さんも家族の一員のような気分になれます。

 ご主人(ぼんちゃん)の日本酒に注ぐ愛情は奥様以上?店が休みの時は、愛車を駆って全国のお蔵を巡り、常時200種類以上が店に用意されています。 贅沢な造りの「真精大吟醸」が飲めるのも売りです。

 お勧めの肴は、博多らしく「ぼんちゃんめんたいこ」。なんと、新潟は「雪中梅」を惜しげなく使って漬け込んだ、日本酒に合う唯一の自家製辛子明太子です(通販あり)。 

   
今宵の旨酒

鷹来屋(たかきや)

 大分県豊後大野市にある原尻の滝(日本の滝百選)の側にある小さな造り酒屋です。 

 休業していた蔵を息子さんが10年前に復興しました。自らが杜氏となって昔の道具を使って全て手造り、原料のお米までも蔵元自ら育てています。

 飲み飽きしない、緩やかに毛細血管に染み込むお酒です。中でも「特別純米鷹来屋五代目」は、優しい喉越しと、ふくよかなお米の味が身も心もゆったりさせてくれます。

浜嶋酒造合資会社
大分県豊後大野市緒方町下自在381
http://www.takakiya.co.jp/

2007年08月記

逃げろ